マイクロプラスチック問題が地球規模の課題となる中、生分解性プラスチックへの期待が高まっています。しかし、ここで誤解をしないようにすることとして、「生分解性」=「海洋生分解性」ではないということです。海洋環境は、プラスチックの分解にとって極めて過酷なフィールドです。土壌(コンポスト)と比較して、低温・低微生物密度・貧栄養という条件が揃っており、微生物の活動が著しく制限されます。海洋生分解性とは、この過酷な海水中において、最終的に微生物の力によって、水と二酸化炭素にまで完全に分解される性質を指します。本稿では、その特殊な原理について、化学的および生物学的な視点から専門的に解説します。
プラスチックが海洋で分解されるプロセスは、大きく分けて二段階で進行します。この二段階を明確に区別することが、海洋生分解性を理解する鍵となります。
プラスチックは、非常に長いポリマーの鎖が絡み合ってできています。この状態では、分子が大きすぎて微生物がエサとして認識し、体内に取り込むことができません。分解の第一段階は、この長い鎖が切断され、低分子化することです。海洋環境における主な切断要因は以下の二つです。
この第一段階は、従来のプラスチックでも起こります。しかし、それは単にプラスチックがマイクロプラスチックという微細な破片になるプロセスに過ぎません。環境中に有害な断片をばらまいているだけで、分解とは呼べません。
海洋生分解性プラスチックが従来のプラスチックと一線を画すのは、ここからです。ステップ1で低分子化したポリマー片は、海水中に存在する微生物にとって食べられるサイズになります。
このステップ2(生物的分解)が完結して初めて、プラスチックは環境中から消えたことになり、これを「海洋生分解性」と呼びます。
では、なぜ特定のプラスチックだけが、この二段階プロセスを経て、ステップ2の生物的分解に進むことができるのでしょうか。その秘密は化学構造、すなわちポリマー鎖の結合様式にあります。
海洋生分解性が確認されているプラスチックの多くは、ポリエステル系に分類されます。 ポリエステルとは、分子内にエステル結合(-COO-)を多数持つ高分子です。エステル結合は、前述の加水分解のターゲットとして、水分子による攻撃を受けやすい性質を持っています。
(反応式イメージ): R₁-COO-R₂ + H₂O → R₁-COOH + R₂-OH
この化学反応により、高分子のポリエステル鎖は比較的容易に切断され、低分子化していきます。海洋生分解性の代表格とされるPBSやPCLは、主鎖にこのエステル結合を持つため、海洋環境でも加水分解を起点とした分解が進行します。
一方、ポリエチレンやポリプロピレン、ポリスチレンといった世界のプラスチック生産量の大部分を占める汎用プラスチックは、なぜ分解されないのでしょうか。これらの主鎖は、すべて炭素-炭素結合(C-C結合)で構成されています。C-C結合は、化学的に非常に安定しており、水分子や太陽光による攻撃をほとんど受け付けません。また、微生物もこの強固な結合を切断する酵素を持っていません。これが、PEやPPが数百年もの間、形を保ったまま海洋環境に残存し続ける化学的な理由です。
ポリエステル系の中でも、PHBHに代表される微生物産生系ポリエステルは、海洋生分解性の原理において非常にユニークな存在です。これらは、人間が石油や植物デンプンから化学合成するのではなく、微生物自身が体内にエネルギー貯蔵物質として産生・蓄積するポリエステルです。そのため、海洋中に存在する多種多様な微生物が、PHAを「これは我々の仲間が蓄えた栄養だ」と認識し、これを分解するための酵素を元々持っている場合が多いのです。化学合成系のPBSなどが加水分解を起点とした分解が主であるのに対し、PHBHなどは、微生物が能動的に酵素を出して、生体由来の栄養源として積極的に分解しにいく、という点で、より確実で速やかな海洋生分解性が期待されています。
海洋生分解性を科学的に証明することは、非常に困難です。なぜなら、海洋と一口に言っても、沖縄のように温暖な海と北極の冷たい海、光の届く表層と海底のヘドロでは、水温も微生物の種類も密度も全く異なるからです。そのため、国際的な認証機関(TÜVオーストリアによるOK biodegradable MARINE認証など)は、特定の実験室条件下(例:30℃の自然海水中、6ヶ月以内に90%以上が生分解されること)で性能を評価しています。しかし、これはあくまで一定の条件下での性能であり、実際のあらゆる海洋環境で同じ速度で分解することを保証するものではありません。
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